総計10ものトラックが用意されたAUJのセッションの中でも、特に華やかな雰囲気なのが、メディア&エンターテイメント分野を受け持つJトラックです。今回、このJトラックでは4つのセッションがラインナップされ、中でも1、2を争う人気となったのがJ2セッション。世界中で知られるCGアニメーションスタジオ、ピクサー・アニメーション・スタジオのウェンチン・シュー氏によるセッションです。ピクサーで「カールじいさんの空飛ぶ家」や「トイストーリー3」「カーズ2」、そして「メリダとおそろしの森」等のライティングを手がけてきた同氏の講演テーマは、「トイストーリー3」のメイキングを中心とするピクサーの映画制作におけるパイプラインとスケジューリング。満場の拍手のなか登壇したシュー氏は、フレンドリーな口調で語り始めました。
「こんにちは、初めまして。ウェンチン・シューです。現在はピクサーでライティング テクニカル ディレクターを務めています。ピクサーは長短編のアニメーションを制作し始めて約25年ほどになります……ここで皆さんに質問です。ピクサーのアニメ作品で最も興行成績が良かったのは、どれかお分かりですか? 最初のトイストーリー? 残念、違います。トイストーリー3? はい、正解です!正解の方、賞品をどうぞ。ではピクサーに限らず、全てのアニメで2番目に興行成績が良かったのは?ファイティング・ニモ?いいえ。カーズ?違います。もののけ姫でもポケモンでもありません(笑)シュレック、正解です!よく間違えられますが、シュレックはドリームワークス作品なのです。あちらは続編を作るのがとても上手な会社ですが、当社でも続編制作が増えています。カーズにトイストーリー、そして来夏には「モンスターズインク2」が公開されます。どうぞお楽しみに!」
にこやかな笑顔で、現在取組んでいる「モンスターズインク2」の予告編を上映したシュー氏は、いよいよ本論に取りかかりました。同氏がまずスクリーンに映しだしたのは、ピクサーにおけるアニメーション制作のパイプライン解説図でした。シュー氏が紹介したその流れ……ストーリー作りに始まり、アート、エディトリアル、モデリング、レイアウト、シェーディング、セットドレッシング、アニメーション、ライティング、そしてレンダリングに最終的なトリミング――と続くそれは、基本的には通常のアニメーション制作の流れと変わりません。しかし、それぞれのスケジューリングの設定や個々の制作のディティールには、ピクサー独特のスタイルというべきものがあります。それは、同氏が紹介した、制作タイムラインの流れに現れていました。シュー氏は語ります。
「ピクサーでは、長編アニメーションを通常4年ほどで仕上げますが、時にはもう少しかかる場合もあります。実際ストーリーだけで4年もかけているんですよ。なぜストーリー作りに4年もかかるのか? 疑問に思われるかも知れませんが、これはできるだけ幅広い世代のお客様に満足してもらえるストーリーを作りたいからです。実際、そのようなストーリーに仕上げるため、途中何度も試写的なテストを行っています。さまざまな年齢層の方に劇場のような施設で見てもらい、その反応を私たちは隠れた場所から観察するんです。そして、たとえば“笑うべき処”で笑いが起こらなければ作り直すということを繰り返していくんです。ストーリーはストーリーボードの形で制作され、監督やクライアントは、これを見ながら各シーンごとにカメラワークなど撮影上の問題点はないか、あるいはストーリー自体はOKか、チェックしていくわけです」
続いて、シュー氏はアート制作のステップの一つとなるカラースクリプトについて解説を進めていきます。これは光と色をどのように使って物語を進めて行くかの設計図であり、ピクサーではアートディレクターが制作しています。このカラースクリプトに基づいて、ライティングを担当するシュー氏はそのシーンにおける画面の雰囲気や、そこで中心となる感情などを把握し、自身のクリエイティブへと反映させていくのです。続いては同じくアートのカラーパレット制作。シュー氏は参加者の誰もが知っている「トイストーリー3」のキャラクターを例に解説していきます。主人公のトイたちの持ち主であるアンディーは、いつもブルーのシャツを着ていて部屋もブルー。だから観客はブルーを見れば安心し、落着いた気分になれるというわけです。
「同様に悪役のクマ“ロッツォ”は紫で、彼が登場するシーンは赤っぽい。赤は危険を表しているんですね。……こうした色を使ったストーリーテリングについては、私たちは実写映画等のイメージをかなり研究しました。各エピソードを色彩で象徴させたチャン・イーモウ監督の『HERO』、そして色を失わせるデサチュレートで哀しさや憂鬱さを描いた『硫黄島からの手紙』や『シンドラーのリスト』等もそうです。ライティングについても取組み方の基本は同じです。アートディレクターが作ったカラースクリプトに基づいて、さまざまな技法を駆使してシーンの雰囲気を作り出し、キャラクターのイメージを与えられるようなライティングワークを作りあげていきます。アートディレクターが考え、求めている絵をどこまでも忠実に再現するということを、私たちは追求し続けているのです」
さらに色の話からレイアウト、キャラクターテスト、セット作業、アニメーションと、シュー氏は順を追って、ピクサーの制作パイプラインの流れを分かりやすく紹介していきました。アニメーションの解説では、「トイストーリー3」の人気キャラクター“バズ・ライトイヤー”がラテンダンスを披露する“スパニッシュバズ”の変身シーンの映像で解説するなど、面白く分かりやすいHow to makeに、会場を埋め尽くした参加者も大満足の様子でした。――実は今回のAUJではシュー氏は2つのセッションを予定しており、この最初のセッションでピクサーのアニメーション制作全体を概説。同氏の専門であるライティングについては、この後のセッションでより深く語っていく計画でした。しかし、多少時間が余ったことから、シュー氏は少しだけライティングについても語ってくれたのです。
「ピクサーではライティングは2ステップに分かれます。1つはマスターライティングで、マスターライターがカラースクリプトを基に各ショットの基本的ライティングを行います。2つ目はショットライティング。各シーンを受け取ったショットライターが最終的な細かいライティングを行うのです。観客がどこに焦点を合わせればよいか、明確にするのがその狙いです。『メリダとおそろしの森』の場合、ショット数は合計1,665点になりました。仕上げたショットはまず撮影監督に見せ、OKが出たら今度はディレクターに確認してもらいます。そこでOKを貰ったら、ようやく最終仕上げ……というわけで、とにかく多くの人の承認過程を繰り返しながら進んでいくのです。次にショットライティングの詳細ですが……時間なので、これは次のセッションに譲りましょう。ありがとうございました!」