建設・産業機械メーカー大手の小松製作所(コマツ)は、Autodesk University Japan 2011において「コマツにおける3次元モデル活用とデジタルシミュレーションによる製品開発」というテーマで講演し、Autodesk Simulation Mechanicalの導入の経緯や現状を語って下さいました。導入以前から3次元データを積極的に社内で活用していた同社は、新たなシミュレーションツールとしてAutodesk Simulation Mechanicalに注目。同ツールの導入によって解析に要する時間を大幅に短縮することができました。
今回の講演で登壇した小松製作所 開発本部 建機第二開発センタ 3Dイノベーショングループの渋谷俊英氏は、入社してから一貫して設計や解析業務に携わってきました。現在は3Dイノベーショングループで、CAD/CAEの活用の推進や教育に取り組んでいます。
コマツが3次元設計に着手したのは業界でも比較的早期でした。3D CADの導入を始めたのは94年ごろのこと。2004年ごろには、ほぼすべての製品開発に3D CADを使っていたということです。
3次元データの多角的な利用にも積極的に取り組んできました。たとえば部門内および他部門を交えたデザインレビューに、3次元データから作成したグラフィックスを利用しています。生産部門で使う作業指示書や組み立て工程の検討にも、設計データを基にした3次元図面やグラフィックスを使っています。2000年ごろからは、販売部門でも3次元データを活用しているということです。例えば、手書きだったパーツカタログや取扱説明書の図面を、設計データを基にしたグラフィックスに置き換えました。これによって、こうしたドキュメントや販促資料を作る時間を大幅に短縮しています。
同社は、3次元の設計データを基にした「バーチャルリアリティ」や「デジタルヒューマン」といった先進的な技術も、いち早く業務に取り入れようとしています。バーチャルリアリティは、ユーザが車輌のメンテナンスをする際の作業性の確認などへの利用が検討されています。HMD(head mounted display)を装着した作業者が、仮想的な車輌に向かって部品交換の作業を実施。作業に不都合がないかを確かめます。従来は、試作車が完成してから実施していた作業を、バーチャリアリティを利用して開発の早い時期に実施することで、設計終了後に作業性に関する問題が発生するのを防ぐことができるわけです。デジタルヒューマンは、車輌の操作性を確認するために利用しています。仮想空間上の車輌と人体モデルを使って、レバーやスイッチなどの操作性やキャビンへの乗降のしやすさなどを確認しています。
同社における3次元データの活用を推進したのは、「3Dイノベーショングループ」です。この部署は、日本国内に三つの拠点を構えて、3次元CAD/CAEの導入や教育に取り組んでいます。
3次元データの活用に積極的なコマツが、「Autodesk Simulation Mechanical」(旧Algor Simulation MES)を導入したのは2010年のことです。同社は、構造解析に複数のCAEツールを使っていますが、そのうちの一つのツールの開発がベンダーの事情で止まってしまうことになったのがキッカケでした。
当時から同社は、図面作成に使っている3D CADのメーカーが提供しているCAEツール、米3Ga社の「3Ga」、さらに非線形シミュレーション用に別の複数のツールを使っていました。3D CADベンダーが提供しているCAEツールのユーザは、主に設計者。3Gaと非線形のツールの主なユーザは、3Dイノベーショングループです。小規模なシミュレーションは設計者自身が実施。大規模なシミュレーションや、高度な知識を要する非線形シミュレーションは、3Dイノベーショングループが担当するという体制になっていました。ところが、2008年に3Gaの開発が止まることが判明。代わりのCAEツールを探すことになりました。そこで目をつけたのがAutodesk Simulation Mechanicalでした。
「Simulation Mechanicalを選択した理由について、講師を務めた同社開発本部 建機第二開発センタ 3Dイノベーショングループの渋谷俊英氏は、「計算時間が3Gaよりも短かったこと」と語っています。さらに、6面体のメッシュが切れることから精度が良くなることも期待していたそうです。しかも、従来から使っていた3D CADのデータ形式にも対応しており、従来の設計データをそのまま利用することができたことから、スムーズに移行できることも分かりました。ただ、このとき心配したのは、Autodesk Simulation Mechanicalの知名度が低かったことです。そのうえ日本ではあまり使用事例がありませんでした。アメリカの事例はいくつかあったものの、重機業界での事例は見あたりません。この製品の技術サポートに関するオートデスクの経験が短かったことも不安要素の一つだったといいます。
それでも、解析スピードの速さや高い精度など多くの利点が得られることから、3Gaの後継ツールとして導入することを決断しました。
2010年に導入してから同社は、様々な解析例を積み上げながら、従来使っていた3Gaの解析結果との比較検証を続けてきました。その作業を通じてAutodesk Simulation Mechanicalのパフォーマンスの高さを実感したということです。
例えば、ショベルカーの一種であるホイールローダーの操縦室の強度解析(図2)です。斜面や足場の悪いところでホイールローダーが転倒してしまったとき、操縦室に大きな衝撃が加わる可能性があります。操縦室の損傷は人命にかかわるので、こうした事態を想定し、念入りに強度を評価するわけです。具体的には、操縦室に様々な方向から何百トンという荷重を加えたときの、操縦室の状態を解析します。このシミュレーションに要する時間を、3Gaを使った場合の約10分の1に短縮できました。
シミュレーションの規模が大きくなるほど、解析時間の短縮がもたらす効果も大きくなります。構造が複雑なアーティキュレートダンプトラックのフレームの変形のシミュレーションでは、従来約6時間かかっていたのが、約4時間で済むようになりました(図3)。アーティキュレートダンプトラックは、軟弱地を走行しやすいように設計されたトラックで、タイヤの向きを変えるのではなく、車体を曲げて進行方向を変えるのが特長です。この車輌のフレーム部分の変形について解析するには、足回り、アクスルやリンク機構など周辺すべての部品を含めてシミュレーションする必要があります。このためモデルの規模は90万要素にも及ぶそうです。
2時間短縮したと言っても、依然として4時間もシミュレーションにかかっています。それでも、この効果は大きいと渋谷氏は語っています。「かつては、1日に1回しか解析できなかったのが、2回できるようになったとすれば、単純に考えれば設計のスピードが2倍になるということです」(渋谷氏)。
同社では、大型の機械だけでなく、小規模な機構系の解析にもSimulation Mechanicalを適用しています。その一つが、運転席のレバーの中に組み込まれているリミットスイッチの中にある板ばねの破壊に関するシミュレーションです。レバーを疲労試験に掛けたところ、予測よりも早い段階で亀裂が入って割れたことから、3Dイノベーショングループに設計部門から解析の依頼がありました。対象となる板ばねの厚さは0.3mm。一方、普段扱っているのは車体用の鉄板なので、薄くても6mm、厚いと30mm以上のものがほとんど。このため、こうした薄い材料の解析ができるのかどうか不安だったといいます。しかし実際に解析したところ、破壊現象をシミュレーションで高精度で再現できました。その結果から応力の掛かり方がわかり亀裂が発生する原因を素早く特定することができたということです。
同社は、これまでの検証で、Simulation Mechanicalが良好な結果を出していることから、今後も解析例を積み重ねて、Simulation Mechanicalを同社における構造解析の中核ツールに育てたいということです。